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カソーラ(Cazorla)の町からさらに北に行くと標高2000米前後の山がいくつもあり、その山腹にある小さな村をいくつか訪ねたのですが、その途中で切り立つような山肌に、びっしりとオリーブの木が植えられていたのを見て驚いてしまいました。とにかく木の根っこにでもすがらないと、とても登ることも難しいような急な斜面ばかりです。こんな場所にオリーブの木を植えて、手入れや収穫は一体どうするんだろうと不思議で仕方がありませんでした。
Olive field on top of the mountain
今はだいぶ機械化が進んでいるようですが、私が昔スペインで見かけたオリーブの収穫というのは、木の周りにシーツのような白い大きな布を広げ、数人の男たちが輪になって竿でオリーブの実を叩き落す、という実に原始的な人海戦術でした。
立っているのが精一杯の急な斜面で、腰をかがめてオリーブ畑の手入れをやり、収穫期には木につかまりながら実を叩き落す作業をしたであろう、むかしの日雇いオリーブ労働者のつらい生活を思ったとき、今から40年くらい前にパコ・イバニェス(1934- )が歌って評判になった「ハエンのアンダルシア人」(Andaluces de Jaen)の歌詞を思い出したのです。それはミゲル・エルナンデスの詩「オリーブ労働者」(Aceituneros)を、シングソングライターのパコ・イバニェスが、ギターの弾き語りで歌った曲です。
私はこの急斜面のオリーブ畑を目の前にして、なぜあの歌詞が、「オリーブ労働者よ、オリーブの木は地主のものではない、お前達のものだ、奴隷になるな、立ち上がれ」と激しい言葉で呼びかけているのか、その背景がやっと理解できたという感じがしました。そしてまた、なぜこの歌が60年代から70年代にかけてのスペインで、フランコ独裁体制にやり場のない不満を抱いていた若者たちの心を捉えたのか、その理由もよく分りました。
私の友人の「元若者たち」が、学生のころ親には内緒でパコ・イバニェスのアングラ公演に出かけたりしたものだ、と懐かしそうに話しているのを聞いたことがあります。
ハエンのアンダルシア人よ Andaluces de Jaén,
誇り高いオリーブ労働者よ aceituneros altivos,
本気で答えてくれ、誰が、 decidme en el alma: ¿quién,
誰がオリーブの木を育てたのか quién levantó los olivos?
お金でも地主でもない ni el dinero, ni el señor,
黙した土地と sino la tierra callada,
労働と汗と el trabajo y el sudor.
ミゲル・エルナンデス(1910-1942)はガルシア・ロルカとほぼ同世代のスペインの詩人ですが、貧しい家庭に育ち、羊飼いをやったりしていろいろ生活の苦労をなめたあと、内戦の時には共和国軍の文化委員の肩書きで、南スペインの戦線で共和国政府の宣伝活動に携わっていたようです。その時に作った詩のひとつがこの「オリーブ労働者」(Aceituneros)です。このほかにも、故郷に残してきた妻と生まれたばかりの息子を想う詩など、読む者の心を打つ作品があります。
彼は内戦後に逮捕され、獄中でも詩を書き続け、31歳の短い生涯を閉じています。
1975年まで35年間も続いたフランコ政権の下では、ミゲル・エルナンデスの作品を自由に発表するのは難しかったので、パコ・イバニェスもたぶん当時の検閲を避ける為でしょうか、歌のタイトルには詩の題名ではなく冒頭の一行を使っています。
私が持っているCD(Universal Music)は、''Paco Ibañez en el Olympia''というタイトルで、パリのオランピア劇場での実況録音版(1969年)です。
それについては、また別の機会にお話し致しましょう。
(スペイン語でミゲル・エルナンデスの作品を読んでみようと思われる方は、次のサイトをご覧下さい。''Aceituneros'' は ''Vientos del Pueblo''詩集に入っています。 )
http://mhernandez.narod.ru/viento.htm