2011年10月12日水曜日

スペインロマネスクの旅(3)アルケサル城(Castle of Alquézar)

アルケサル城と聖マリア修道院教会(Church of Santa María de Alquézar)

スペイン全図-(For the summary in English please see the end of this article.


Photo(1)アルケサル遠望(View of Alquézar)
Photo(2)アルケサル城と聖母マリア教会(The Castle and the St. Mary's Church of Alquézar)

アルケサル城(Castle of Alquézar)
アラゴン地方のウエスカ市(Huesca)から東に50 km、ピレネー山脈の裾野にあたるアルケサル(Alquézar)は、中世の雰囲気を残す人口300人くらいの小さな町。
サラゴサに本拠を置くイスラム勢力が、9世紀初めころ城塞を築いたのがその起源で、町の名もアラビア語で城塞を意味するアル・カスル(Al-Qasr)に由来すると言われます。アラゴン王サンチョ・ラミレスがアルケサルを攻略したのは1067年。城塞には修道院が設けられましたが、聖マリア修道院教会が完成したのはそれから30年後の1099年、サンチョ・ラミレスはその5年前にウエスカで戦死しており、献堂式がとり行われたのは長男ペドロ一世の時代でした。

レコンキスタの進展と共に、アルケサルの戦略上の重要性は急速に失われ、城も教会も一時は荒れ果てたようで、14世紀に回廊がゴシック様式で再建され、また聖母マリア教会は16世紀に建て替えられています。

ということで、現存する建物をロマネスク建築と呼ぶわけにはいきませんが、たとえ回廊の一部のみとはいえ、他に例を見ない独特のロマネスク柱頭彫刻が残っているため、アルケサル城を『スペイン・ロマネスクの旅』に含めることにしました。


Photo(3)教会入り口(Church entrance)

アルケサル城は、ロアレ城とはちがって宮廷がおかれたわけでもなく、また当時は名ばかりのアラゴン国王だったサンチョ・ラミレスには、のちにロアレ城改築につぎ込んだような豊富な資金もなかったはずなので、アルケサルの城塞も教会も、当初は質素なものであったろうと推測します。

Photo(4)回廊(Cloister)

回廊(Cloister)
回廊は一辺が10米前後の不等辺四辺形をしていますが、これは丘の上の狭い城塞の中に、
修道院や教会を建て込むための苦肉の策だったと思われます。現存する回廊は14世紀にロマネスクの柱や柱頭を活用して再建されたもので、回廊の壁に残る壁画もゴシック時代の作品です。
ロマネスク時代の作と言えるのは、写真の向って右側(北側)の一連の柱頭彫刻のみで、残りはすべて14世紀以降のものです。


柱頭彫刻(Romanesque Capitals)

Photo(5)アダム誕生(Creation of a man)
これは旧約聖書の創世記にある「主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった」(創世記第2章-7)の場面を表したものとされています。4人の天使に囲まれた神には三つの顔がありますが、これは三位一体の教義を示すものと言われます。神は横抱きにしたアダムの耳に右手を当て、生命を吹き込んでいるように見えます。スペインの柱頭彫刻ではほかに例を見ない、実に珍しい絵柄で、いちど見たら忘れられない作品です。赤色の彩色のなごりも場面に変化を与えています

Photo(6)回廊北側(ロマネスク柱頭のある側)から見た図(Cloister-North side)

Photo(7)耕すカイン(Cain plowing with beasts)
回廊北側に数個並んだロマネスク柱頭彫刻の真ん中に位置する、2頭の動物に犂を引かせて土地を耕すカインを描いた、とされるもの。

Photo(8)回廊北東方向を見た図(Cloister-North East view)
Photo(9)アダムとエバ(Adam & Eve)
Photo(10)ノアの箱舟(Noa's Arc)
Photo(11)聖ペトロほか(Saint Peters & others)

現存するアルケサルの柱頭彫刻は、旧約聖書の創世記を題材にしたものが多いのが特徴ですが、もともと浮き彫りのような浅い彫りは、風化が進み詳細の見分けがつきにくいものもあります

Photo(12)ヘロデ王誕生日の饗宴(Herod's birthday party)
Photo(13)ヘロデ王と洗礼者ヨハネ(Herod and John the Baptist)
これは新約聖書に題材をとったもので、写真(12)はヘロデの誕生祝いの饗宴の場面で、下方の真ん中にエビのように体を曲げて踊るサロメの姿が描かれています。写真(13)は左がヘロデ、右が首をはねられた洗礼者ヨハネ、その周りを何匹かの蛇が取り囲むという絵柄。

Photo(14)回廊の北東を眺める図(N.E. view of the cloister)
Photo(15)司教と聖職者たち(Bishop and clergymen)
Photo(16)パンを練るサラ(Sara preparing bread)
Photo(17)アブラハムの犠牲(Abraham's sacrifice)
写真(14)は回廊の北東の角に位置するふたつのロマネスク柱頭。回廊そのものは、ロマネスクの素材を活用して14世紀に再建されており、背景にゴシック壁画の一部が見える。
写真(16)は、アブラハムの妻サラがパンを焼こうとしている場面。
写真(17)はアブラハムが神の命に従い一人息子のイサクをいけにえに捧げようとしたとき、天使が現れ羊を身代わりに差し出すようすすめた、という旧約聖書(創世記22章)の場面で、「イサクの犠牲」と呼ばれることもあります。画面の下半分は、イサクの身代わりに雄羊を焼く図です。羊がまるでロバのように見えるのもご愛嬌です。

アラゴン地方のロマネスクを代表する、ハカ大聖堂、サン・フアン・デ・ラ・ペーニャ修道院、ロアレ城などの有名な柱頭彫刻に比べると、アルケサルの作品が見劣りするのは否めません。保存状態もあまり良くはないし、美術作品としては稚拙とも言えるアルケサルの柱頭彫刻に、私はスペインのロマネスクを訪ねてしばしば出会う、技の巧拙を越えたふしぎな魅力を感じます。

19世紀後半に、ピレネーの山村で聖石信仰について聞き取り調査を行ったあるフランスの考古学者の報告の中に、「そのむかし、人間がまっとうだった頃は、誰もが聖なる石を信じていた。石に祈り、そして石を敬っていたものだ。私は今も石を信じている」という村の古老の言葉が引用されているそうです。
その老人の発言は、カトリック教会からは異物崇拝、異教として排除される類のものであったし、聖石信仰そのものがすでに19世紀には消滅しつつあったのでしょうが、現代の私たちにとっては、何か忘れていたものを思い出させてくれるような響きを持つ言葉です。

カナダ西海岸の先住民族ハイダ族は、巨大なトーテムポールを数多く残していますが、作業を始める前にまず「トーテムポールを彫らせて頂いてよろしいか」と木に向って尋ねる習慣があったそうです。
アルケサルの柱頭彫刻に私たちが不思議な魅力を感じるのは、「人間がまっとうだった頃」の聖石信仰と、ロマネスク彫刻が無縁ではないことに、あらためて気付かせてくれるからではないか、私にはそんな気がしてなりません。

中世の町アルケサル

Photo(18)古い通り(A street of Alquézar)
Photo(19)中世の名残りをとどめる民家(Entrance of an old house)
photo(20)町の広場(Plaza of the town)

アルケサル城の拝観を終え、古い家並みが連なる石だたみの坂道をぶらぶら歩きながら下って来ると、町の広場に出ます。おみやげを売る店があるわけでもなく、広場をはさんで2軒のレストランがあるのみ。時がゆっくり流れるような印象を与える町でした。

(Summary of the article)
Castle of Alquézar
Alquézar(comes from ''Al-Qasr'' meaning castle in Arabic) is a small town 50 km east of Huesca. Moslems constructed a fortress in the early 9th century on a hill top of the town which was reconquered in 1067 by King Sancho Ramirez of Aragón. The Moslem fortress was converted into a castle-monastery but Alquézar quickly lost strategic importance during the following centuries. The Romanesque monastery and church became a ruin. In the 14th century the cloister was reconstructed making use of the Romanesque material. The Santa María church, originally consecrated in 1099, was reconstructed in the 16th century. The Romanesque of Alquézar is, as a consequence, limited only to a part of the cloister, but it's worth a visit.

The capitals are carved mostly based on the story from Old Testament. The carving is simple and not up to the level of perfection of the Aragonese Romanesque icon such as Jaca cathedral, San Juan de la Peña monastery or Loarre castle. But Alquézar has the charm of its own.