2017年7月25日火曜日

スペイン・ロマネスクの旅(14) <巡礼姿のサンティアゴ> Santa Marta de Tera教会

 

『巡礼姿の聖ヤコブに出会う旅』


Photo(1)巡礼姿の聖ヤコブ像( Saint James in pilgrim's costume, carved on stone 12th century)


レオン市から南に約100キロ、ドゥエロ河の支流のひとつテラ川のほとりに、人口300人のサンタ・マルタ・デ・テラ村があります。村の中心に位置するサンタ・マルタ・デ・テラ教会は、いまでは区教会にすぎませんが、10世紀から12世紀にかけては多くの巡礼者が訪れる有名な修道院でした。975年に土地寄進の記録があるので、修道院の創建はそれ以前ということになります。

Photo(2) Santa Marta de Tera church(North view across the road)道路側から北面を見た図


11世紀にはいると貴族や王族からの寄進が急増し、レオンを経由するいわゆる「フランス道」とは別ルート、Ourense経由のサンティアゴ巡礼路の聖所のひとつとして、多くの巡礼者を引きつけた輝かしい過去を持つ教会です。今では、忘れ去られた存在という感じですが、「巡礼姿の聖ヤコブ像で有名な、古い歴史を持つ修道院」として、知る人ぞ知る教会です


教会の位置は 赤い矢印で表示。(The red arrow shows the location of the church)

Photo(3)Plan of the church教会見取り図(原図はRicardo Puente)

方形の後陣(Flat apse)

たぶん旧修道院が手狭になったからでしょう、11世紀後半に立替え工事が始まります。現在残っているのは、12世紀に完成した修道院付属教会ですが、すぐ目を引くのは、後陣がロマネスク教会特有の半円形ではなく、方形だということです。これは旧修道院が西ゴートないしモサラベ聖堂の伝統である方形後陣を採用していたことを物語るもので、11-12世紀にかけての立て替え工事においても、その古い伝統を踏襲したものかと思います。
Photo(4)方形の後陣(Flat apse)



後陣の柱頭彫刻(Capitals around the apse window)

窓枠のアーチを支える柱頭には、なんと名づければよいのか分からぬ怪獣たちが彫りこんであります。いずれも愛嬌のある顔をした怪獣たちです。そうとう風化が進んではいますが、名工の手になる作品であることを感じさせます。同じころ(11世紀後半から12世紀)レオンの新教会やサンティアゴ大聖堂の工事が進んでいましたが、サンタ・マルタ教会の柱頭彫刻も様式や装飾の類似性などから、同じ工房またはそこで学んだ工匠たちの仕事ではないか、という見方があるのも、うなずけるところです。

 
 Photo(5)後陣の窓(Apse window)


Photo(6)窓枠アーチ柱の柱頭彫刻(右)(Capital on the right column)

Photo(7) 窓枠アーチ柱の柱頭彫刻(左)Capital on the left column


南扉(South entrance)

教会のまわりを半周すると、墓石越しに南扉が見えます。南入り口で地べたに座り込んでいる中年の男を見かけたので、「扉が開くのを待っているのですか」と尋ねたら、「いえ、聖ヤコブの顔に太陽が当たるのを待っているのです」という返事がかえってきました。いくつもの教会を駆け足で訪ね歩いていた私たちには、思いもつかぬ返事でした。

南扉左手の壁にかかっている、巡礼姿の聖ヤコブの石像は、12世紀のロマネスク彫刻の名作のひとつとして有名で、たとえサンタ・マルタ教会の名は知らずとも、この巡礼姿の聖ヤコブ像を写真などで目にする機会は、あるかと思います(柳宗元著「サンティヤーゴの巡礼路」(p.17の写真など)

7月25日は聖ヤコブの日、この日が日曜日に当たる聖ヤコブの年(次回は2021)には、サンティアゴ巡礼路がまた一段とにぎわうことでしょう。

聖ヤコブの対面(右手)にある石像は、風化が進んでいて人物を特定できませんが、使徒のひとりなのでしょう。これも同じく12世紀の作品とされています。

南扉周辺の柱頭彫刻にも人と動物が合体したような奇怪な絵柄が採用されています。教会の外壁にある柱頭彫刻は、ひょっとすると旧修道院(プレロマネスク)時代のものが、一部は使い回しされているのかも知れません。

 Photo(8)View of the south door from the cemetery墓地から南扉を見る図


 Photo(9)South door南扉(左手に聖ヤコブ像)


 Photo(10)Saint James, pilgrim巡礼姿の聖ヤコブ像としてはもっとも古いもの


 Photo(11)Unknown apostle使徒像(南扉右手)

Photo(12)Capital(South door)南扉(右側)の柱頭彫刻



北扉(North door)

北扉(北翼廊入り口)の右上(赤の矢印で示した場所)に、頭部が欠損し風化で判別の難しい石像(使徒タダイオス)がかかっています。手の下に刻まれた文字で、使徒タダイオスの像であることが判明したそうです。
 Photo(13)North door北扉(北翼廊への入り口)


 Photo(14)Judas Tadeo(使徒タダイオス)

Photo(15)Enlarged(赤矢印の箇所に「タダイオス」と使徒の名が刻まれている


西扉(West door

西扉が本来は正面入口のはずですが、16世紀に教会西側に隣接して司教館が併設されたりしたため、外部からは見えない場所になっています。なお西扉は20世紀の大改修で新しく作り変えたものです。

Photo(16) West door(entrance to the church)西扉(正面入り口)


教会内部(Interior of the church)

教会は縦29米、翼廊18米くらいの、どちらかと言えばこじんまりした規模ですが、レオン王国の古いロマネスク建築の姿を現在に伝えている点で、重要な意味を持っています。12世紀以降急速に没落が始まり修道院は閉鎖され、アストルガ司教管轄の一教区教会に格下げになってしまいました。何が起きたのか記録がないので全く分かりませんが、あるいは修道院を巡る政治の渦に、巻き込まれてしまったのでしょうか。謎を秘めた修道院です。
春分・秋分の日には、赤い矢印で示した祭壇前の柱頭彫刻(写真18(死者の霊を運ぶ天使たち)に太陽光線が注ぐ、というので評判になっています。

教会内には、ほかにもいくつか柱頭彫刻の秀作がありますが、「本を手にする男と楽師たち」写真(19)もその一例です。
 Photo(17)View of the altar(red arrow shows the place where the light falls on    the capital on equinox days.祭壇に向かって左手(春分・秋分の日に、赤矢印で示した柱頭彫刻に太陽光線が当たる)


 Photo(18)Capital of the soul transported by two angels. The light falls on this 
 capital on equinox days. 柱頭彫刻拡大図(「死者の霊を運ぶ二人の天使」(この部分に太陽が指す)


 Photo(19)Capital(A man holding a book and musicians)教会内の柱頭彫刻の一例(「本を持つ男と楽師たち」)


軒持ち送り(Modillion)


軒持ち送りには宗教と無関係な絵柄が多いものですが、サンタ・マルタの場合も同様です。風化が激しくて判別のつかないものが多数ある中で、豚か何かの動物の例です。なお両脇に見える円柱を積み重ねた形の持ち送りは、プレロマネスクでよく見かけるものです。

 Photo(20)(Modillions)豚らしき動物と円柱状の持ち送り



アメリカに渡った栄光のキリスト(浮き彫り)


この栄光のキリスト像は、もともとはサンタ・マルタ教会の正面入り口あたりに彫りこんであったものかと推測しますが、1926年に米国の美術商が7,000ペセタで買い取ったそうです。現在の換算レートなら50ドルくらい。90年前の貨幣価値はよく分かりませんが、当時のスペイン国内では、ロマネスク美術品は余り評価されない時代だったので、結果として安い値付けになったのではないかと思われます。現在この作品はロードアイランドのSchool of Design 美術館の蔵品です


Photo(21)Christ in majesty(A 12th century relief currently owned by the museum of Rhode Island School of Design)サンタ・マルタ教会の「栄光のキリスト像浮き彫り(12世紀初の作)」が米国に渡った例。


グレゴリオ聖歌を歌う男

拝観を終え次の目的地に急ごうと、駐車場に向かっていた私たちの耳に、教会から朗々とグレゴリオ聖歌が響いてきました。それは口ずさむのではなく、全身の力を振り絞って何かに呼びかけるような歌い方でした。私たちがあっけにとられて立ち止まっている前を、歌い終わった男はわれわれには見向きもせず、スタスタと立ち去っていきました。
さきほど南扉にうずくまっていた男です。荷物も持たずサンダル履きだったので、きっと近くの巡礼宿にでも滞在していたのでしょう。
サンティアゴ巡礼が盛んになり、一日も早く目的地へと、踏破のスピードを競うような話をときおり耳にしますが、「お日様が聖ヤコブ像の顔にあたるのをじっと待つ」そんな巡礼者もなかにはいるということです。しかし、あの男はいったい何者だったのか、いまでも不思議でなりません




(注)コメント欄記入に際して、認証のエラーが発生することがあり、ご迷惑をおかけしています。対策を検討中ですが、なにとぞご容赦ください。

2017年6月25日日曜日

スペインロマネスクの旅(13)

Sant Pere de Rodes(サン・ペラ・ダ・ローダス修道院

Monastery of Sant Pere de Rodes

しばらくBlogの更改を怠っていましたが、今回はフランス国境に近いローダス山系にある、サン・ペラ・ダ・ローダス(ローダスの聖ペテロ)修道院をご紹介します。
サン・ペラ(カスティーリャ語読みだと、サン・ペドロ・デ・ローダス)は、プレロマネスク時代にさかのぼる起源を持つ大修道院跡で、2000を超えるカタルーニャのロマネスク聖堂の中でも、とくに幅広い人気のある場所です。
バルセロナ市からは160kmくらい、フランスに向かう高速道路(E-15)を途中まで利用して、そのあとローダス山系の曲がりくねった道路を周囲の景色を楽しみながらゆっくり走っても、およそ2時間半くらいで現地に着きます。
その位置関係については、添付のGoogle Mapをご参照ください。




Photo(1) Road to the Monastery

Photo(2) View of the Monastery from the parking area
駐車場から修道院を眺める図





Photo(3) Closer view of the monastery
修道院全景
サンペラ修道院は、10世紀にその名が史料に登場します。古代ローマの神殿跡に建てられた痕跡があることや、その起源に関しては「7世紀にベネディクト会修道院として始まった」などの伝説もあり、謎の部分を含む長い歴史を持つ修道院ですが、げんざい私たちが目にする建物は10世紀以降のものです。中世には聖地巡礼の重要な目的地のひとつでもありました。
私が初めてこの修道院跡を訪ねたのは25年前のことで、その当時は訪れる人の姿もまばらでした。遠くから修道院を眺めた光景は、黒澤明の「蜘蛛の巣城」の一場面を思わせるものがあり、さらに近くで見ると、教会内にも鐘塔にも廃墟の雰囲気がただよい、凄みを感じさせるほどの迫力がありました。

1990年代の後半に実施された大幅な改修の結果、敷地内にはレストランも開業し、地中海を見下ろす景観に恵まれていることなどから、観光気分の訪問者が増えているのは事実です。しかし、プレロマネスクとロマネスクが混じり合う独特の雰囲気に惹かれ、現地を訪ねるサンペラ修道院の愛好者は今も多く、私も大改修後に何度か足を運んでいます。

教会(Church)

Photo(4) Entrance of the church is located one floor down the stairs 
教会の入り口は、正門左手の石段を下りたところにある。
Photo(5) Female figure(Roman goddess?) carved on marble is hanged on the entrance wall of the church.
大理石の女性半身像
修道院の付属教会は、正門から見て左手の石段を下りた一段低い場所に位置しています。ということは、まずこの位置に最初の礼拝堂(現在の地下礼拝堂)が築かれ、それを土台にロマネスク修道院が上乗せの形で増築されていった、ということでしょう。上の写真にあるとおり、教会入口の壁に大理石の女性半身像が飾ってありますが、礼拝堂が古代ローマ時代のヴィーナス神殿の跡地に建てられた、という見方を裏書きする材料のひとつです。
なお付属教会は、スペインにロマネスクが本格的に導入される以前の10世紀から11世紀初めにかけて、基本的な構造が出来上がったものらしく、記録に残る献堂は1022年となっています。

Photo(6) Inside the church(view of the nave toward the entrance)
教会内部(身廊)から入り口を見た図

Photo(7) Columns & Piers(Some are Roman era material reused)
古代ローマ建築の石材を再利用したと思われる石柱のひとつ

Photo(8) Capital (Corinthian style)
教会内の柱頭彫刻
教会の中を見渡してすぐ目につくのは、トンネル状の石天井を補強する半円形のアーチが、二段構えの石柱で支えられている、という珍しい構造です。石柱のなかには、表面にでこぼこがあったりして磨り減った感じのするものがありますが、これは古代ローマの建材を再活用したものと考えられています。石柱の柱頭彫刻の文様は、プレロマネスクやロマネスク初期の聖堂でよく目にする、植物文が主体です。

地下礼拝堂(Cript)


Photo(9) Cript
地下礼拝堂

教会の祭壇下にあたる位置に、ごく小さな地下礼拝堂の跡があります。朝顔の花の形をした柱が、頭がぶつかりそうな低い天井を支えています。元の礼拝堂を残してその上に新しい教会を建てる、というのは古いロマネスク教会でよく見かけるものです。

回廊(Cloister)

サン・ペラ修道院の回廊は、新旧の二階建てというたいへん珍しい構造になっています。12世紀に新しく回廊を建て直した際、旧回廊を残し二階建てとしたものです。地形の関係でそうしたのでしょうが、ほかではお目にかかったことがありません。


Photo(10) Old(Lower) cloister of 10-11th Century
旧回廊(10世紀末ー11世紀初)

Photos(11) Joint of the old & new cloisters(floor of the new cloister is reinforced by steel beams)
新旧回廊の接合部分の図(鉄骨で新回廊の床を補強)

Photo(12) 12th Century new(upper) cloister reconstructed in 90's(most of the capitals missing)
12世紀の新回廊を復元したもの。柱頭彫刻は散逸して今はない。

Photo(13) 4 remaining capitals.
44の柱頭彫刻のうち、修道院に残っているのは4個のみ。

Photo(14) The best among 4 remaining capitals(Monks)
今も修道院に残る4個の柱頭彫刻の中で秀作とされているもの(修道士たちの像)
回廊の柱頭彫刻(Capitals of the Cloister)

回廊の柱頭彫刻は、聖書に題材をとったものなど物語性のある優れた作品が多いということですが、何しろ44個の柱頭彫刻のうち40個が散逸し、修道院には4個しか残っていないという状態で、私自身は実物をほとんど見ておりません。
パリのCluny美術館でサン・ペラ修道院回廊の柱頭彫刻を何個か所蔵しているとは聞いていましたが、さいきんCluny美術館を訪ねられたAliceさんが、ご自分のBlogで、「ノアの箱舟の柱頭彫刻(カタルーニャ北部のSant Pere de Rodes修道院旧蔵)を見た」と述べておられたのには驚きました。さっそくClunyのカタログで確かめたら、「2014年ドイツより入手」と付記があり、比較的さいきんの所蔵品のようです。ドイツの個人コレクションから買い取ったものかと思いますが、いつの日かClunyで実物にお目にかかりたいものと願っているしだいです。
AliceさんのBlogはhttp://alice2013.blog.so-net.ne.jp/2017-02-23 
 

サンタ・エレーナ教会(Santa Helena de Rodes Church)

サンタ・エレーナ・ダ・ローダスは、その起源を9世紀に遡る、小さなプレロマネスク様式の教会跡です。修道院近くの駐車場の丘には小さな集落跡があり、もともとはその地域のごく小さな教会だったのでしょうが、修道院に移管されたあと、小さいながらも気品のあるプレロマネスク様式の教会になったようです。ながらく廃墟のままでしたが、近年になってだいぶ修復作業が進んでいます。


Photo(15) 10th Century Santa Helena Church(view from the Monastery)
サンタ・エレーナ教会(修道院から眺めた図)


Photso(16) Santa Helena de Rodes Church(Pre-Romanesque style)
サンタ・エレーナ教会

Horchata de Chufa(オルチャータ・デ・チューファ)

6月初めの暑い日に修道院で半日を過ごしての帰り道、フィゲラス(Figueres)の目抜き通りにあるカフェテリアで、久しぶりに夏の飲み物オルチャータ(Horchata de Chufa)を注文してみました。見かけはカルピスかココナッツミルクにちょっと似ていますが、もっと甘みが強くどろっとした舌触りと若干の粉っぽさが特徴です。ずいぶん砂糖を加えてあるんでしょうが、うんと冷やしたのを一気に飲むと、暑さにほてっているからだのすみずみまで、オルチャータがしみ込んでいくという感じがします。
Chufaは西和辞書には「カヤツリグサの塊茎」とあり、あまり食用のイメージは湧きませんが、バレンシア地方では食用(オルチャータの原料)として、大量に栽培されているそうです。


Photo(17) Horchata de Chufa
オルチャータ




(注)コメント記入欄の認証過程で不具合が多発し、たいへんご迷惑をおかけしております。貴重なコメントをいただけるよう調整につとめておりますので、なにとぞご了承ください。

  

2014年1月1日水曜日

スペイン・ロマネスクの旅(12) - サンティアゴ巡礼路を行く(サアグンからレオンへ) (From Sahagún to León on the St. James Way)

サンティアゴ巡礼路(サアグンからレオンへ) (From Sahagún to León)
スペイン全図(Map of Spain)

写真(1)サンマルコス広場(レオン )の巡礼像(Statue of a pilgrim, Plaza San Marcos, León)
(For summary in English please see the end of this article)

サアグン(Sahagún)

写真(2)サン・ロレンソ教会・南面(San Lorenzo church of Sahagún-South view)

カスティーリャ平原の見渡すかぎりの麦畑を眺めながら、ブルゴスから西に高速道路を一時間ばかり走ったところに、サアグン(Sahagún)の町があります。人口3人足らずの小さな町ですが、フランス国境からサンティアゴ・デ・コンポステラまで、約800キロの巡礼路のちょうど真ん中という、地の利に恵まれたこともあり、サンテイァゴ巡礼最盛期の11-13世紀には、大いに栄えた歴史を持つ町です。

サアグンのサン・ロレンソ教会(San Lorenzo church of Sahagún)
サン・ロレンソ教会は、13世紀の初めころ、レンガ造りのムデハル様式で建てられたもので、これをロマネスク教会と見なすのは異論のあるところでしょうが、初期ムデハル様式を「レンガ造りのロマネスク」と呼ぶこともあるので、あえて『ロマネスクの旅』に加えました。

ムデハル(mudejar)は、中世のキリスト教社会に住みついたイスラム教徒を指す言葉ですが、彼らの多くは熟練の手工業者で、またレンガ積みの名手でもありました。そんなことから、12世紀に生まれ16世紀ころまで続いた、ロマネスク、ゴシック、イスラムの様式が混じりあう、スペイン独特のムデハル様式発展の担い手になりました。ムデハルは、良質の石材がなかった、カスティーリャ地方で生まれた建築様式です。

写真(3)サン・ロレンソ教会・鐘塔(Bell tower, San Lorenzo church)

写真(4)サン・ロレンソ教会・東面(後陣)(Apse-East view)


写真(5)後陣拡大図(Close view of Apse)

この後陣は、まさしくロマネスクのものです。彫刻などの装飾は一切なく、レンガとモルタルだけで、これだけの美しい姿を生み出したのは、見事と言うしかありません。


なお教会内部は、後代にすっかり改装されてしまったため、いまとなっては、創建当時の姿を思い浮かべることもできない状態です。

サアグン(Sahagún)の町名は、聖ファクンド(San Facundo)に由来するといわれますが、その聖ファクンドの遺骸を聖遺物として所蔵し、カスティーリャ王家とも縁の深かったサン・ベニト修道院は、11-13世紀のスペインで最も裕福な修道院のひとつと言われ、クリュニー会の修道院として隆盛を誇った由緒ある修道院ですが、いまでは廃墟になっています。


レオン(León)
サアグンからさらに西に60キロばかり行くと、県都レオン市に着きます。レオン(León)は、ローマ軍団(Legio)の駐屯地として、ローマ帝国の北西スペイン統治の要所でした。10世紀にはレオン王国の首都ともなった、古い歴史を持つ町です。レオンの地名は、Legioが語源の由で、人口は15万人くらい。
ローマ時代の城壁や、王家の墓所でもあるサン・イシドーロ教会、13世紀のカテドラルなどなど、レオンの名所旧跡は、いずれも街の雰囲気を楽しみながら、ゆっくり散歩しながら訪ねるのに適した距離です。レオン大聖堂の近辺では、サンティアゴ巡礼者の姿もよく見かけました。

写真(6) ) 13世紀のレオン大聖堂(13th C. Cathedral of León) 

写真(7) レオン大聖堂の内部( Interior of the Cathedral) 


写真(8) 巡礼者たち(Pilgrims)

写真(9)巡礼者(Pilgrims)

写真(10)ローマ時代の城壁(Wall of Roman Empire era)

写真(11) サン・イシドーロ教会遠望(View of the church of San Isidoro)


レオンのサン・イシドーロ教会(Church of San Isidoro, León)
ローマ時代の城壁に沿って立つサン・イシドーロ教会は、レオン王国の礼拝堂ならびに王廟として、11世紀に当時のレオン国王夫妻(Fernando-I世と Sancha王妃)の手で建てられたものです。
聖イシドーロ(San Isidoro)は、西ゴート王国時代の6世紀から7世紀にかけてセビリャ大司教をつとめ、のちに教父とされた聖人ですが、レオン国王夫妻が、1063年にその遺骸をセビリャからレオンに移し、新しく建てたロマネスク様式の礼拝堂兼王廟に聖遺物として納め、サン・イシドーロ教会を創建したものです。

ただし現在「サン・イシドーロ教会」と呼ばれているのは、旧教会が手狭になったため、12世紀に建て増しされたもので、旧教会(王廟)と区別するため、「新教会」と呼ぶことがあります。
私たちが20115月にレオンを訪ねたときには、教会南側の入り口周辺で改修工事が行われており、教会の一部は工事用の塀で囲まれていました。

写真(12) 修復工事中のサン・イシドーロ教会南面(South view of the church)

写真(13)神の子羊の門(南正面入り口)(Entrance of Lam of God, main entrance)
教会の正面入り口は「神の子羊の門」と呼ばれます。

写真(14) サン・イシドーロ像(Figure of San Isidoro at the left of tympanum)
南正面扉の左上の壁に、司教杖を手にして立つ、サン・イシドーロの像が掛っています。


タンパン

写真(15) タンパン(神の子羊の門)(Tympanum-Door of the Lam

写真(16) タンパン(神の子羊の門)拡大図(Tympanum-Door of the Lam, Close-up)

タンパンの図柄は、光輪に囲まれたキリストを表す神の子羊を、二人の天使が支えている図が上部に刻まれ、その下にはイサクの犠牲(旧約聖書、創世記第22)の場面が刻まれています。図柄は、剣を振り上げたアブラハムに、その左から大きな神の手が差し伸べられているところ。また左にはイサクの身代わりとして、いけにえにされる雄羊が見えます。象牙彫りを思わせるような仕上がりです。

教会内部
教会内部は、骨格はロマネスクですが、その後の改装により、後陣(祭壇のあたり)はゴシック様式、祭壇画はルネサンス様式になっています。

写真(17)  教会内(祭壇方向)(Interior-view towards altar)

柱頭彫刻
教会内の高い柱に彫り付けられた、12世紀のロマネスク柱頭彫刻が、見どころのひとつです。人物などにはいまにも動き出しそうな、生き生きとした表現が見られ、名工の手になることをうかがわせる作品です。

写真(18)植物文様(Vegetable pattern)

写真(19) キリストと天使(Christ & angels)

写真(20)ライオンにまたがる男(Man riding lions)

写真(21)蔦にからめとられた男と鳥(Man and bird struggling with ivy branches)

写真(22) 贖罪の門(Door of Forgiveness)

改修工事中の「贖罪の門」は、巡礼者のための入り口でした。板塀越しに撮ったこの写真ではよく見えませんが、タンパンには、キリスト十字架降架の場面が彫り込んであります。

写真(23)風見鶏のある鐘楼(Torre de Gallo)

塔の頂に風見鶏がちょこんと乗っている鐘楼は、壁の一部にロマネスク様式が残っているだけで、実は後世の建築です。しかし、その鐘には1086年の銘があり、ヨーロッパでもっとも古い鐘といわれます。鐘楼の手前右側に見えるのが、旧教会(レオン・カスティーリャ王家の霊廟)の壁です。

王廟内部の天井や壁は見事な壁画で飾られていて、これがサン・イシドーロ教会の一番の見どころなのですが、あいにく撮影禁止のため、写真を掲載することができません。

(補足説明)
San Isidoro(サン・イシドーロ)日本語表記について:
私のBlog記事では、スペイン語の地名や人名の日本語表記に際しては、原則として長音表記を使わないことで統一しています。
() バルセロナ、タラゴナ、アストゥリアス、セビリャ、マリア、サンティアゴ。
 ただし、San Isidoroをサン・イシド-- ロと長音表記してあるのは、San Isidro(サン・イシドロ)という、12世紀の聖人(マドリッドの守護聖人)との区別を明確にするためです。なおこの二人の名前は、スペイン語でも発音が異なります。

(Equipment used: Canon 50D + EFS15-85mm f3.6-5.6 IS)
(Summary in English)
''Romanesque churches on the Way of St. James''(From Sahagún to León)

(Sahagún)
Driving the highway A231 from Burgos to the west for about 1 hour we will arrive at
Sahagún, a town with 3,000 population. Sahagún is at the mid way of the Camino de Santiago(St. James Way). During the height of the pilgrimage to Santiago de Compostela of 11-13 centuries, Sahagún attracted huge crowd of pilgrims, merchants, craftsmen etc.
The 13th century church of San Lorenzo is one of typical Mudejar buildings made of brick and mortar.  
Mudejar is a unique Spanish architectural design which is a mixture of Romanesque, Gothic and Islamic tradition and was popular during 12-16 centuries, especially in central Spain where good quality stone was scarce for church building.

(León)
Town name of León derives from the latin Legio(division of Roman army). It was a strategically important town to govern the north west of Iberia. Later in the early 10th century the Kingdom of Asturias moved its capital to León starting the kingdom of León.
There are quite number of historically important monuments, such as Roman walls, Cathedral, Romanesque church of San Isidoro etc. The size of the city(150,000 of  population) is adequate for tourists who want to visit these monuments on foot.
León is also one of the popular stop over places for pilgrims to Santiago de Compostela.

The Romanesque church of San Isidoro was constructed on the site of Roman temple in the 11th century by the king of León, Fernando-I and his wife Sancha bringing the relics of Saint Isidoro from Sevilla in 1063. The church was designed also to serve as a mausoleum for the kingdom. The church was expanded following the Romanesque tradition during 12 century in a form more or less as we see now except for the apse which was reconstructed later in Gothic.

Excellent tympanum on the south main entrance called ''Entrance of Lam of God'' is decorated by carvings of Lam of God and the Sacrifice of Isaac.

Various capitals found at the top of columns inside the church are also master pieces of 12th century Romanesque art.

The old church of 11th century, mausoleum of León-Castile kingdom, is decorated by extraordinary Romanesque wall painting. However, due to prohibition of photo taking
it is impossible to show the beauty of  the wall painting.